人気ブログランキング |

のりとん先生の楽しい家3

志摩国分寺@自由研究旅行②


遠路はるばるこのためにやってきました国分寺
サーフィンや海水浴場で有名な国府の浜の近く。
e0264287_1610716.jpg

そこを、安乗の方にちょっと行った先にあります。
ちなみに、この辺りでバカ、という意味の方言にあんご、というのがあります。
このあんご!と言われたら喧嘩して言い訳。
同じく使っているのが島根県の先の方。ちょうど、京都を円の中心にして同じ円周上にある地点です。このことから文化が都から地方に同心円状に広がっているのがわかるとか・・・
ま国分寺は奈良時代なわけですけど。

国分寺(こくぶんじ)は、741年(天平13年)に聖武天皇が仏教による国家鎮護のため、当時の日本の各国に建立を命じた寺院であり、国分僧寺(こくぶんそうじ)と国分尼寺(こくぶんにじ)に分かれる。
自由研究のネタ用に引っ張ってきた資料です

e0264287_1685687.jpg

【志摩国分寺の由来】

45代聖武天皇の勅願によって、奈良時代天平13年(741)に一国一寺、国ごとに僧寺(金光明四天王護国之寺)・尼寺(法華滅罪之寺)の二寺が国家の安泰、人民の幸せを願って建立されたのが国分寺である。
志摩国分寺も建立された当時は厳然とした七堂伽藍もあり、八丁四方に及ぶ広大な面積を有し田の寺領も2町歩あったといわれている。
その後、応仁の乱(1468)の兵火で初期の建造物・宝物は焼失した。
現在の寺は天保7年(1836)に7年の歳月をかけて落慶されたものであり、彫刻と絵画の美徳に優れその技には感動させられる。
ご本尊は薬師如来であり、総高約2m、桧材の寄木作り、室町末期(1527)に活躍した仏師(定栄)の作であり、秘仏として祀られているが、旧暦4月の閏年に(約20年に一回)開帳される。
お寺の横の説明にありました。
e0264287_169317.jpg



静かなお寺で辺りはも静かで、ほとんど人が居ませんでした。出るときは出そうな夏の静寂。
e0264287_1612166.jpg


帰って、県の図書館で禁帯出の資料で調べるに、この国分寺は、志摩の国だけでは維持できずに、伊勢、尾張、三河の税で管理されていたとのことです
日本後記によると、大同4年(809)にはついに志摩国分寺の僧尼を
伊勢国分寺に遷してしまい、志摩国分寺はこの時廃されたようです。
あ、伊勢の国分寺は鈴鹿にあったものです。そちらが現存していなくて跡しかないのもまた巡り合わせ。
現在こちらの志摩国分寺は今は天台宗のお寺になっているそうです。
珍しくアカデミックな記録でした。

志摩国分寺
住所〒517-0506 志摩市阿児町国府3476
電話番号0599-47-3128



by noritonnxz | 2016-08-03 16:12 | 海陽学園 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://noritonnxz.exblog.jp/tb/24571394
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。

日常に起こったことをささやかに記録。食事系中心です。
by noritonnxz
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

フォロー中のブログ

最新のコメント

メモ帳

最新のトラックバック

ライフログ

検索

ブログパーツ

最新の記事

秋休み2019②
at 2019-09-27 11:27
秋休み2019①
at 2019-09-26 09:47
やまげん@津
at 2019-09-25 09:04
お葬式
at 2019-09-25 08:54
富士登山@令和元年お盆休み
at 2019-08-16 12:41

外部リンク

ファン

ブログジャンル